――曇
今日は土曜日で仕事も何もなく部屋で筆を取っている。
朝9時からテレビ映画「病院へ行こう」を見て久しぶりに笑った。
今日は昨日とうって変わって異常に寒い。私物袋に入れていたパッチとメリヤスをまた取って来て着衣した。
明日も寒いらしいが、此処で病気になったら治療も思うようにならず、益々体が悪くなるような気がするのでとにかく身体だけは大切にしていかねばならない。
また、今日は二週間に一度のぜんざいの支給日や。わしの数少ない楽しみの一つや。
――朝、いつもの音楽で目が覚めた。
一日の始まりの朝、別に作業が嫌ではないが、刑務所におるという現実がついてまわる。
そんな充足感のない生活の中で、また今日も新たな一日が始まろうとしている。
しかし此処にいてる限り、日々の生活は自分の心と気持ちで明るい日にして行かねばならない。
ただ生きているだけの一日には、進歩も希望もないから、今日一日をもっと大切に生きて行こう。
―9行黒塗り―
そしてこの事が外で待っている人々へのわしからの最大の贈り物であると信じているから。
こんなわしに愛想も尽かさずに尽くしてくれた、そして支えてくれた人々には
優しくし、愛していこうと自分に何度も何度も誓う。
今のわしに出来ることといえば、この誓いだけや。
今後はしっかり自分自身を自覚して、明るい希望を持てる明るい日々になるように
頑張っていかねばならんと思う。
――そしていつもの音楽で床に就く。
4月9日は亡き実兄の誕生日や。
生きておれば今年で41才です。だからわしは今後どのような生活環境になっても兄貴の分まで頑張って生きていかなあかん。
またそうすることが兄に対する何よりの供養であると信じている。
今後は亡き兄の命日ではなく、誕生日を祝ってやりたいと思う。
---日記帳第3冊 1-3ページ目より---
――晴
ようやくこの新しい日記帳が入ってきた。時間がかかるもんや。
今日は午後、運動時間に全員で花見を行った。運動場にある桜の木(桜の木はこれ一本しかない)
のそばで、何人かがカラオケを唄い、わしらはゴザを敷いたところで菓子を食べながらその様子を見とった。
それしても、皆が皆本当に歌がうまい。驚いたわ。
また、久しぶりにクッキーのような菓子ももらって、約30分ほどの間やが、娑婆におるような気分を味わった。6人ぐらいの奴が歌っとったかいな。
その時に、わしの隣に瀬尾君が居って、何かとわしのことを気に掛けてくれた。
この男はホンマに良く気が付く人間や。刑務所内での生活の仕方も色々と教えてくれる強い味方や。
そんなこんなで今日も一日が終わった。
それにしても今日の休憩時間は忙しかった。何故かというと、3日の購入で申し込んだ品物が入ってきたからや。
パンツ、靴下に片布(名前を書いてある布切れ)を縫い付けるんやが、工場の殆ど全員が短い時間に一緒に行うもんやから、針も糸も取り合いになってとてもゆっくり休憩どころやない。
そしてこんなことがあと3年も続くと思うとゾッとしてくる。まあしゃあない話やが。
---日記帳第3冊 1ページ目より---
――番外編
日記の欄外にメモしてあったことなどをちょこっと。
平成6年3月の話題
――米不足で全国の主婦がパニック
犬の調教師の連続殺人があったらしい
刑務所内の毎日の歌は堀内孝雄の「影法師」やった
18日 わしの誕生日であると共に、入籍した記念日でもある。
19日 朝のテレビ(土曜大好き)、夜のテレビ(NHK歌謡コンサート)
20日 ビデオ放映(ロビンフッド)、夜のテレビ(たけしの元気がでるテレビ、NHK)
21日 朝食後にバウムクーヘンが配られた
22日 風呂・体重測定
23日 雨で運動が中止、全員食堂で休憩
25日 3月生まれのもんの誕生日会で幕の内、ようかんをもらう
27日 朝から高校野球観戦、大相撲で曙が優勝
28日 風呂
30日 飴の配給日
31日 だいぶ暖かくなってきたのでパッチを脱いで仕事
――晴
今日、昼食の時に3月生まれのもんが呼ばれて、二区内の3月生まれのもん全員が集まって教講堂で誕生日回という催しがあった。
テレビをみながら、赤飯と幕の内、そして羊羹などを食べた。
この間約30分は、娑婆におるような雰囲気を味わうことが出来た。
ちなみにテレビは「演歌の花道」やった。
このとき考査工場でいつも一緒に怒られていた北氏の顔を見つけた。何か懐かしいきぶんやな。
---日記帳第2冊 7ページ目より---